自殺サイトの「表現の自由」も野放しにならざるを得ない

 世間を大きく揺るがせた東名高速での2人死亡事件について、人民拉致裁判(裁判員裁判)対象罪状での起訴となりました。起訴罪状は「危険運転致死傷」で、一部メディアで言われていた人民拉致裁判対象となる別の罪状と比べて「危険運転」の立証が難しいのではないか?という問題が持ち上がってきます。危険運転致死傷罪については法律的に故意の危険な「運転行為」により人を死傷させた罪について処断することになっていますが、今回のケースは車を止めたことが問題になっていて、「運転行為」とは言えないという見方も有力だからです。法律の条文に書かれていないことまでを拡大解釈して「危険運転罪」を認定することは、罪刑法定主義の観点からも大きな問題になるでしょう。これを「市民感覚」とやらで法の拡大解釈を「国民の意志」として正当化するとなれば、これは世界的批判に晒されても当然の反人権社会ということにもなりうるのです。

 さて、皆様もご存じの通り、本日神奈川県座間市のアパートにて多数の遺体が発見され、その部屋に入居していた男性が死体遺棄の疑いで逮捕されるという異常事態が起きました。日本帝國捜査当局側の情報ですが、逮捕された男性は殺害についても認める供述をしていて、異常な大量殺人事件になることは間違いありません。神奈川県内では昨年に相模原市で例の障碍者抹殺思想大量殺人事件があったばかりですし、また、川崎市では高齢者施設での連続突き落とし殺害事件もありました。これらの事件は人民拉致裁判対象になる事案であり、死刑求刑の可能性が高いという意味で、神奈川県で起きる事件の異様さが際立つようにも見えます。
 今回の事件では9人の遺体が見つかっているのですが、なぜ9人も巻き込まれたのかというのが最初の疑問なのですが、これは自殺サイトで知り合ったことで元々事件に巻き込まれやすい環境にあったことが大きな要因でしょう。また、最初の事件が起きてからすぐに大きな問題として取り上げていれば9人もの人民が巻き込まれるまでには至らなかったかもしれないという社会的批判は起きて当然です。この種の自殺サイトをめぐる事件といえば、大阪府の河内地方で12年前に3人が巻き込まれた事件が思い浮かびますが、今回のケースは9人も巻き込まれているのだから、12年前の事件の教訓が生かされていないという大きな批判につながっても仕方ありません。それ以外にも自殺サイトを装っての事件はそれなりに起きていますので、十分な対策がなされていないという問題もあります。
 大阪府での事件は8年前に既に死刑執行まで行き着いていますが、これほどの大きな事件がありながら対策がなかなか講じられないのには、やはり表現の自由との絡みから表現規制につながる政策には慎重になりやすい日本帝國主義社会の実態もあります。自殺サイトそのものも自殺を推奨するような書き方をしたサイトであればインターネット事業者に削除を求めることも可能でしょうが、自殺の方法そのものを客観的に書いただけであれば事業者に削除を求める行為は表現規制にあたるとの批判を免れないのが現実です。また、この種の自殺サイトを有害サイト認定するようなシステムを構築するにあたっても、では誰が認定するのかというところをめぐって、判定者次第で認定基準が変わるのではないかという批判も出てくるでしょう。日本帝國主義メディア勢力が表現の自由制約的政策に対して過大なまでに反対する体質を持つことも、この種のサイトに対する対策がなかなか進まない大きな要因でもあるのです。
 日本帝國主義社会を牛耳っている極右反動勢力も表現規制に対しては極めて厳しい目を持っていますが、それもそのはず、この勢力が最大限排外的扇動を働きたい体質を根深くもっているからです。日本帝國主義社会の「表現の自由」が実は弱者弾圧表現の自由という実体で運用されているからこそ起きる傾向です。こんな社会に本来の意味での「表現の自由」が根付くとはとても思えないのですが、だからこそ自殺サイトを放任する表現の自由も放置されるわけです。結局は社会的強者が扇動する「表現の自由」の本質的反省なしにこの種の問題解決があり得ないことを示しているという以外にないわけです。もっとも、強者の論理で人民拉致裁判制度(裁判員制度)を絶対推進した日本帝國主義メディアの体質が治らない限りは、今回のケースでの問題解決につながらないことは言うまでもありません。

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