死刑廃止論云々の救いがたい無責任さ

 日本帝國主義体制立憲民主党の代表代行が、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)からとみられる漂流者(生死にかかわらず)が相次いでいることに関して昨日放映のテレビ番組生放送にて「偽装漁民の可能性も考えねばらならない」などとの妄言を吐いたことが波紋を広げています。これは日本帝國自民党や日本帝國維新の会議員の発言ではありません。こと朝鮮共和国に関して言えば、日本帝國共産党とて基本的には同じ思想回路です。ですから、朝鮮共和国との対応を考える際には、基本的にこの種の漂流者を「偽装難民」と疑う思考回路が日本帝國主義社会全体に蔓延していると見る以外にありません。問題は、朝鮮共和国からの漂流者であればすべて「偽装難民」との疑いをかける体質を日本帝國主義社会がなぜ持ってしまったのかで、それは、民族と体制の両面で敵対意識を徹底的にしみこませる社会体質が根深くあるからに他なりません。と同時に、朝鮮共和国からの漂流民が実際に全員が「偽装難民」になっても仕方ない敵対扇動を日本帝國主義社会全体で醸成しているともいえます。このような扇動に対抗しうるのは、日本社会として、朝鮮人民との友好関係を草の根で広めることだけでなく、朝鮮共和国の尊厳高い体制との友好関係構築にも活動を広めねばなりません。

 さて、本日の注目はこの記事で、ちょうど1週間前に日本帝國主義体制弁護士連合会主催の死刑廃止シンポジウムが開かれた件について述べています。死刑廃止の潮流として2016年末段階で事実上の死刑廃止国(制度上は存続しているといえ、実体的に執行が止められているケースも含む)が世界の141か国に上り、これは2000年段階の100か国から大幅に増えているとのことです。一方で死刑存置国は日本帝國主義体制やアメリカ合衆国帝國主義体制、そして中華人民共和国やシンガポール共和国など57か国に減少しています。しかし、日本帝國主義社会内では死刑廃止に関しては議論の機運さえ出てこないのが現実になっています。
 上記記事では、日本帝國元国会議員3人も参加したのですが、死刑廃止を公約に掲げるのは選挙にマイナスという意見さえ出ているのですから、世界の流れであるはずの死刑廃止論が日本帝國主義社会においては逆にマイナスのイメージとして根深く蔓延しているということになります。日本帝國国会議員の死刑廃止議員連盟は最盛期では100人くらいいたのが現在では30人ほどにまで減少しているというのでは、死刑廃止論がむしろ後退しているというべきものです。それもそのはず、死刑廃止論を支持するのは日本帝國主義社会においてわずか1割(逆に死刑存置支持が8割)、また、終身刑導入を前提にしたところで死刑存置支持が半数を超えている状況ですから、死刑廃止云々がそもそも議論の俎上に挙がる以前の問題とさえ言えます。ここに参加した元日本帝國国会議員が「世界を見たらなおさら議論をしなければいけない」とはいうものの、私の立場にもつながるのですが、むしろ逆に日本帝國主義社会の死刑存置について世界に相応の理解を得る外交努力の方が求められるのではないでしょうか?
 そして、重要なのは、上記記事に出てきた日本帝國国会議員が2004年に人民拉致裁判制度(裁判員制度)への賛成票を投じていることです。一般市民に死刑判決を出させることを前提にした制度であることは上記の元日本帝國国会議員も知らないはずはなく、現在では既に人民拉致裁判経由死刑確定者への処刑も実行されています。国会の場で死刑廃止云々を主張するのであれば、一般市民に死刑判決を下させるようなシステムに安易に賛成票など投じることなどできないはずです。逆に、一般市民が死刑判決を安易に下せないと勝手に判断して死刑廃止目的をもった人民拉致裁判制度を推進したのだとすれば、これは日本帝國主義社会の本質的反人権性への無理解の下で働いた無責任態度の謗りを免れません。日本帝國主義体制侵略支配層のルールでは人民拉致裁判制度の絶対的維持については死刑廃止はおろか、日本国憲法改悪の賛否よりもはるかに優先度の高い位置づけです。このシステムで裁かれた死刑囚への処刑まで実際にあったとなれば、死刑廃止論が日本帝國国会で議論に上らなくなって当然というものです。
 折しも、世界各地では死刑執行をした方が社会正義に見合うという超のつく凶悪犯罪が死刑廃止国の多い西側帝國主義社会にて多発しています。私は、極めて厳しい条件をつけるという断りを入れておきますが、死刑に見合った超凶悪犯罪であれば、死刑執行ができなければ民間死刑の報復感情をあおるため、国家の責任で報復の連鎖を止めるという目的で死刑を容認している立場です。超のつく凶悪犯罪には相応の原因があると見るのが自然であり、その根本的原因を除去することが抜本的な意味での社会的な対策です。西側帝國主義社会内での、死刑に見合う超凶悪犯罪の根本的要因除去への道筋なしに死刑廃止論を持ち出すことほど空疎な議論はないとしたものです。

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