人民拉致裁判制度廃止運動により日本帝國主義的立憲主義論を嘲笑しよう(3)

 昨日大きく取り上げられたニュースは何といっても星野仙一氏の逝去でした。何しろ日本のプロ野球に大きな印象と足跡を残した功績も大きく、星野氏にゆかりのある超一流選手も多いことからもニュースとして取り上げられた時間も長くなりました。生涯一度だけの日本一というと、東日本大震災被災地に光を与えた2013年の東北楽天ゴールデンイーグルスだったのも大きな印象でしたが、それから4年余りでの逝去とはあまりにも早すぎます。日本国内全体に追悼の気持ちが伝わっています。そして、多くの日本帝國メディアがその次に取り上げたのもスポーツ関連ですが、こちらはとても喜べるものではなく、立行司式守伊之助のホモセクハラ疑惑では、大相撲業界の非常識さがまた一つ浮き彫りになったというしかありません。

 さて、2018年に憲法を大きく論じるにあたってまず真っ先に日本の人民レベルでの立憲主義論の社会的共有が求められるのは言うまでもないところですが、日本帝國主義社会においてとても立憲主義云々を論じられる資格がないと疑わざるを得ない事態が昨年末にありました。2017年大晦日に日本帝國主義体制日本テレビ系列で放映された日本帝國主義体制吉本興業所属の人気お笑いタレントがメインを務める特大型扇動バラエティ番組にて、黒人差別思想をイメージさせる演出を働いて世界的糾弾を浴びた件です。黒人差別のイメージだけでなく、タレント女性をプロキックボクサーが取り囲んで蹴りを入れた後にメインの人気お笑いタレントが大笑いするシーンも放映され、女性差別的思想の根深さも特大型批判に晒されてもいます。この実態は全世界に知れ渡り、世界からも大きな批判に晒される異常事態になっています。
 日本帝國主義社会の差別主義思想の根深さを世界に知らしめたこの一件ですが、この種の問題は昨年大晦日に始まったことではありません。昨年には日本帝國東京MXテレビが沖縄ヘイト扇動番組を放映して世間の大顰蹙を買ったのは記憶に新しいところです。また、関西の日本帝國日テレ系放送局が制作したバラエティ番組では、絶えず言動で物議を醸してきた有名弁護士が、山口県光市での母娘殺害事件の弁護団に対する懲戒請求扇動を働きそれが放送された事案も大問題になっています。これらの問題は、出演したタレントや自称識者の非常識極まりない扇動の浅薄さはもとより、国内外で社会・外交問題になりかねない番組であろうとも視聴率を取れればよいといった日本帝國メディアの商業至上主義的思想、加えて、そんな非常識な番組をお笑いとして平気で扇動加担に走る日本帝國主義社会全体の民度や本性が問われる事態にまで行き着いています。
 そういえば、日本帝國吉本興業といえば日本帝國法務省と組んで人民拉致裁判制度(裁判員制度)扇動といった政府広報も平気で働いていて、体制寄り扇動機関の本性も暴露しています。と同時に、法治主義の観点から真面目に論じねばならない政策について、人民の協力を何としても得る目的であろうとも「お笑い」で論じようとするのは不謹慎極まりないものがあります。差別思想に直結する人権問題について「お笑い」のネタにする感覚にも通じるものがあり、こんな下劣な番組が視聴率を稼ぐような日本帝國主義社会全体の人権感覚が問われます。その意味で重要なのは、このような侮辱表現の被害者が当然抱く怒りを相応の行動として、侮辱表現を働いた扇動勢力に対して断固行使することです。少なくとも、日本帝國支配層が働いたこれまでの極悪扇動の積弊を考えれば、何らかの形の報復行動が日本国内で行われても仕方ないというものです。日本帝國主義社会が欧米帝國主義社会と違ってそのような報復行動に晒されていないのは、ひとえに島国かつ難しい言語という地政学的条件に恵まれていた幸運でしかないのです。
 このような日本帝國主義社会全体の民度を見るにつけ、この状況のまま立憲主義論などヘタに持ち出しては、かえって立憲主義論が極右反動思想に毒されて悪政のお墨付きを与える事態にさえなりかねません。立憲主義の理念なき社会において形式上だけ立憲主義を論じて社会を動かそうとすれば、立憲主義の手続が悪用されてますます立憲主義に反する社会に堕落した挙句、社会全体で立憲主義をますます論じられなくなる、というものです。憲法が近代憲法らしくある前提としての立憲主義云々を論じられるには、社会全体の民度が立憲主義に見合った性格をもっていなければなりません。立憲主義云々を論じようとも力の扇動に屈している現実を考えれば、立憲主義云々を論じる前提が存在する社会にするための相応の行動に打って出ることが求められるとしか言いようがありません。

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