法廷襲撃へのリスク管理は十分か?

 本日2018年6月16日といえば、新潟県下越沖で大規模地震が起きて新潟市から山形県庄内地方で大きな被害を出してからちょうど54年にあたります。その54年前といえば、昨年も触れたのですが、東京での帝國主義侵略五輪が行われた年でもあり、最近の日本帝國主義社会の情勢を考えれば、都市がますます栄えて地方がますます疲弊する、という根っこが既に52年前にできていた、ということも言えます。そして、6月といえば、昨日は明治の三陸大津波から122年、一昨日は岩手・宮城内陸地震からちょうど10年、4日前は1978年宮城県沖地震からちょうど40年という節目の日です。日本列島がこのような地震の多発地帯でもあることを考え、Boykot0202特設ページも作っておりますのでよろしくお願い申し上げます。

 さて、東海道新幹線での密室襲撃事件が波紋を広げているのですが、この種の列車内襲撃といえば3年前にもほぼ同じ区間での放火無差別殺傷事件がありました。東海道新幹線に限らず、全世界を震撼させたあの1995年地下鉄サリン事件はいまだに衝撃が残ります。東海道新幹線に関しては警備強化という方針は示されたものの、輸送量からしても厳重警備には限界があり、この種の事件のリスクが軽減されたとはとてもいいがたいものがあります。また、1列車あたり最大で1000人規模の多数の乗客を輸送することも、仮に列車転覆テロでも起こされたら被害の大きさは計り知れないものがあります。航空機乗っ取りでの大規模被害への対策は相応に取られているのに比べると心もとないのは否めません。
 襲撃されたら多数の人命への被害が出るとか、国家統治の根幹にかかわるといった条件を持つインフラへの防御態勢が日本帝國主義体制社会において充実しているかというと、どうしても日本帝國主義社会全体の傾向として性善説的な思考回路が強く出ている関係で、改善が遅々としている印象に映ります。また、日本列島は海や空を経由しなければ入れない地域である関係で、水際対策が基本的なテロ対策として現在まで続いてきたこともあります。つい先日の東海道新幹線での刃物殺傷事件も、3年前に起きた放火殺傷事件の教訓を生かすことができない現実が垣間見えるという他なく、今後も同種の事件が起きることを前提にした自己防衛意識が必要になるという他ありません。逆に、この種の事件を起こす動機を持つ人物にしてみれば、悪い意味でのチャンスは日本国内数多に及ぶということになるのです。
 そういえば、昨年の6月16日といえば、日本帝國仙台地裁本庁にて法廷襲撃事件が起きた日でもありました。その前には日本帝國大阪地裁本庁での刃物持込事案も起きています。ここで考えるべきは、人民拉致裁判制度(裁判員制度)が一方的に裁く側、日本帝國検察側思想で導入された関係で、裁かれる拉致被害者側には一方的な不利な条件といえます。だからこそ重罪被告人拉致被害者側に対してはこのシステム以外での裁判を受けることを認めさせません。そんな一方的な論理が持ち込まれた場合、人民拉致裁判の拉致被害者重罪被告人側にとっては、裁判システムへの不信を根深く感じる要素となり、大阪や仙台でのような行動に駆り立てる要因にもなります。そして、「開かれた司法」の旗印で人民拉致裁判制度を推進してきた手前、なかなか法廷警備の厳重化までには踏み込みにくいという条件もあるのです。
 遠距離移動に際してならば、テロ対策を重視するのであれば新幹線を使わず航空機の方がより安全という考え方はあります。しかし、人民拉致裁判制度は裁判加担者として選出された場合に法律上は拒否することができないシステムであり、仙台や大阪のような襲撃のリスクも自己責任で受け止めねばならない側面があります。法廷襲撃の動機を与える裁判システムに対して、法廷防備に関して不十分な体勢が存在する現実では、裁判加担を強いられる人民にとってたまったものではありません。そして、そんなリスクに対する十分な説明がないのであれば、それは裁判加担を拒否する正当な理由として認められねばならない、となるのです。

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