人民拉致裁判制度の実体

 2015年5月で人民拉致裁判制度が強行されてから6年になるが、この間、日本の善良な人民のうち約59000人が全国の日本帝國地方裁判所に拉致され、一方で約8000人の重罪被告人がこの犯罪的裁判システムに拉致された。また、人民拉致裁判経由の死刑確定者が次々に出ていて、人民拉致裁判強行直前に起訴されて確定した死刑囚に対する執行が最近次々に行われている現状を見れば、いつ人民拉致裁判経由死刑囚に執行があってもおかしくない情勢にある。一方で、人民拉致裁判強行初年の2009年は拉致予告のために抽出した人民のうち約4割が予告に応じてノコノコと全国の日本帝國地裁に足を運んでいたが、2015年1~3月段階ではその割合が23%にまで下がっている。人民拉致裁判の翼賛報道を徹底すればするほど人民に嫌われる実態も明らかになっている。
 人民の大半が拉致予告に応じない中では、一部の特異な思想を持つ人民が裁判に加担して質が問われる事態にもつながりうる。日本帝國大阪地裁では障碍者差別的思想に基づき、アスペルガー症候群男性拉致被害者の殺人事件裁判において求刑16年に対して「病気持ちの人物への社会的受け皿がないから刑務所に長期拘束するのが社会の秩序維持に役立つ」との理由で20年の判決が出た。この裁判では二審以降量刑こそ14年に減刑されたものの、判決理由の本質は一切修正されていないことからして、この種の差別思想であろうとも人民拉致裁判の下で容認するとの日本帝國主義体制としての国家意思を示した以外の何物でもない。そんな差別思想は、在日朝鮮人が死亡した日本帝國奈良県警による発砲致死事件において日本帝國奈良地裁で出された無罪判決(そのまま日本帝國最高裁で確定)にも現れていて、この裁判では差別扇動を働く極右反動団体が裁判当日に日本帝國奈良地裁前で街宣活動を働いていたことも大きな問題になった。
 そもそも、人民拉致裁判制度はアメリカ帝國主義社会で行われている陪審制度をモデルにしたとも言われるが、そのアメリカ帝國陪審制度自体が差別と偏見を陪審の名の下で正当化する反人権的存在であることを忘れてはならない。1992年ロスアンジェルス暴動事件の発端となったのもアメリカ帝國陪審裁判による差別的判決だったし、最近でもアメリカ帝國警察当局白人による一般黒人殺害事件にてアメリカ帝國陪審による差別的白人優遇判断が相次いでいるのだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です